甲斐駒ヶ岳・仙丈ケ岳(19/01/24~27)


 

☆天気

 

1日目 晴れ

 

2日目 晴れ

 

3日目 朝630分ごろまで雪。その後は曇りで、稜線上は雪。

 

4日目 晴れ

 

 

 

☆コースタイム

 

(0日目)

バスタ新宿1435=(高速バス)=1800伊那バスターミナル---ホテル伊那泊

 

(1日目)

伊那バスターミナル0600=(タクシー)=0645戸台0653---1210赤河原分岐1220---1340北沢峠 ---長衛小屋1440---1610仙水小屋

 

(2日目)

仙水小屋0515---0634仙水峠---0907駒津峰0915---1145甲斐駒ヶ岳1210---1320駒津峰---1455仙水小屋1540---1615長衛小屋

 

(3日目)

長衛小屋0530---0820大滝ノ頭・五合目---1035小仙丈ケ岳1045---1320四合目---1435長衛小屋

 

(4日目)

長衛小屋0600—赤河原分岐(タイム無し)---1035戸台

 

 

 

☆行動と感想

 

 本山行は今年度の冬期登山の締めくくりとして位置づけられる。当初は仙丈ケ岳のみの23日の予定で考えていた。昨年度23日で実施された蝶ヶ岳がかなり充実感ある山行であり、それ以上レベルを上げるのは今のところ難しいのではないかということで、今年も同じく23日で実施しようとした結果、付近にある甲斐駒ヶ岳には向かわず、仙丈ケ岳のみ登頂しようという形である。しかし、今年3月に部員を送り出す予定の国立登山研修所が主催する登山リーダー冬期研修会雪上研修コースの参加条件に「連続3日以上冬季条件下の宿泊の経験がある」という項目があったことがきっかけとなり、もう1日宿泊日数を伸ばすことを検討し始めた。また、幕営地の北沢峠へのアプローチは冬期だとかなり不便になるので、せっかくなら仙丈ケ岳だけではなく、甲斐駒ヶ岳にも登ってしまった方がよいという声も声が上がった。これらの事情から、本山行は仙丈ケ岳・甲斐駒二つの山を登る34日の計画として最終的にまとまった。

 

  昨年度の蝶ヶ岳は、徳沢から長壁尾根をピストンするコースであった。このルートでは、森林限界を超えてから山頂までの距離が短いため、強風にさらされる時間が短い。対して今回の仙丈ケ岳は6合目から森林限界を超えるため、天候・強風に大きく影響されることが予想された。また北沢峠へのアプローチの悪さから登山客が少ないことが予想され、ラッセルに苦しめられることがすでに分かっていた。この為、強風訓練として硫黄岳山行を、ラッセル訓練ため甲武信ヶ岳山行をトレーニングとして設定し、本山行に臨んだ(甲武信ヶ岳では、日程が前後したため積雪量が少なく、予定していたようなラッセル訓練ではなく普通の体力トレーニングになってしまった)。それでも、甲斐駒ヶ岳稜線の岩場に向けたトレーニングは十分にすることはできず、その点は不安要素として残っていた。

 

 

0日目)

 

 幕営地の北沢峠長衛小屋までは、夏季はバスが走っているが冬期は営業していない。このため、戸台という場所から歩き始め丸一日かけて北沢峠まで向かわなければならない。東京から1日で北沢峠に向かうのは時間の面で不可能なので、現地近くで前泊する必要がある。我々は新宿からバスを利用し、伊那バスターミナル駅で降車。近くの宿で一泊した。夕食は宿の外に出て、伊那市名物のローメンをいただいた。

 

 この日の天気予報では、それまでの2回の山行と同様、普段使っている天気予報サイトで大荒れ情報が出ていた。しかし初日はアプローチのみであり、2日目からは回復するとのことであったので、計画通りに進むことにした。

 

 

(1日目)

 

  ホテルから戸台までタクシーで向かい、歩きはじめる。戸台から赤河原分岐まではひたすら河原歩きである。事前情報では、第2堤防までは左岸沿いに歩き、それ以降は右岸を歩くべしということであった。実際ピンクテープもそのように配置されてあった。最初の渡渉点は、事前情報通り左岸を進んでいれば左岸の斜面沿いに小さな道があり、斜面を経由して沢をやり過ごせるようになっていた。しかし、実際に歩いてみると斜面はかなりもろく、重いザックを背負って歩くとすぐにでも崩れそうな感じであり、進むのは明らかに難しそうであった。このため仕方なく右岸を歩くことにしたが、そうすると渡渉しなければいけなくなる。どこで渡ろうか悪戦苦闘してかなり時間を使ってしまった。なかなか良さそうなところが見つからないので、妥協でポイントを選んだ。履いている登山靴の防水性に不安があったため、靴にレジ袋を巻いて沢を渡ったところ、靴の中をぬらさずに済んだ。

 

 そのまま右岸沿いに進むが、だんだん草木が生い茂り、道がよくわからなくなってくる。正規の登山道ではなさそうだと思っていると、ピンクテープが出現。以前はこちら側を通っていたのかなと思いつつ進む。どこかで左岸に戻りたいので、渡れそうな川幅になるタイミングを見計らいつつ進んでいると、何とか渡れそうな所が見つかったので、そこで2度目の渡渉。第二堤防に到着したタイミングで自分のザックに横付けしていたスリーピングマットを落としているのに気づき、慌てて取りに戻る。

 

第二堤防から赤河原分岐まではかなり長いが、道はわかりやすい。思い荷物に耐えつつ歩き、ようやく赤河原分岐に到着。休憩していると、遠くに見える仙丈ケ岳で雪崩のように見える白い雪煙が発生しているのを目撃した。ごく一部分であったが、初めて見るこの光景は精神的に来るものがあった。

 

八丁坂の登りは序盤から急斜面である。凍り付いた細い沢を渡るとさらに急な斜面をジグザグに進んでいくことになる。この局面が終わると一旦なだらかになり、雪が厚くなってきた。再び斜面がきつくなってくるところでアイゼンを装着した。大平山荘から北沢峠までは林道が走っているが、他に近道があるのでそちらの方向に進むように注意すること。

 

 ようやく北沢峠に到着。第二堤防まで道がわかりにくく悪戦苦闘していたため大幅にタイムロスが発生していたが、八丁坂でだいぶ巻き返していたようだ。計画では、長衛小屋到着時に時間があれば仙水小屋まで進むことにしていた(メリットとして、仙水小屋は通年で営業している、auの携帯の電波が入る、仙丈ケ岳により近い場所でテントが張れる、ということがあった)。時間は十分に残されていたので、仙水小屋まで進むことにした。

 

 仙水峠方向を指し示している看板が、長衛小屋と南アルプス林道が分岐しているところに立っていたので、その通りに進もうとするが、どう頑張っても先に待ち構えているのはただの斜面である。1時間以上看板を頼りに進もうとしたが無理であった。長衛小屋まで戻り付近を捜してみると、別の看板が仙水峠を指し示しており、先には登山道があったので、これが正しい看板だということになり、ようやく先に進むことができた。今思い返してみても、あの看板が何だったのかはわからない。

 

 このあたりから急に雪が深くなった。トレースが無いのはもちろんの事、深いところでは股あたりまで積もっており、進むペースが遅くなった。結局計画の2倍以上の時間を使うことになってしまった。この道は堤防をひたすら越えていく道で、数えながら歩いたところ計7つあった。堤防ゾーンが終われば、登りになる。途中ロープが垂らされている斜面があるが、斜面の高さに対してごく短いものであり、積雪期ミニ登攀気分を味わえる。

 

 なんとか仙水小屋に到着したが、ここでも予想外なことがあった。通年営業のはずだったのだが主人が見当たらない。それにも関わらず山荘は解放されているという状態。受付らしきカウンターは見受けられず、扉を開ければすぐに畳の部屋という感じのところであった。テントを張るか、主人がいないが山荘が空いていることを奇貨とし山荘で泊まってしまうかということで議論が交わされたが、無断で利用するのは良くない(翌日に荷物をデポする予定であったことも考慮)ということでテント泊することにした。また事前情報と違い、携帯の電波がつながらず、天候判断もできないという状態に。翌日電波が入る所で確認しようということになった。

 

初日から様々な予想外の出来事に翻弄され、内心不安であったが、そこにはイレギュラーを楽しむ三人の姿があった。思い返せば前二回の山行もいろいろなことがあったと3人で話しつつ、就寝。

 

 

 

2日目)

 

この日は甲斐駒ヶ岳に登る日である。幸い雪は降っていない。しかし寒いので、テントの中で登山靴とスパッツを装着した(以前まではすべて外で行ってきたが、積雪期は前日に雪を丁寧に落としておけばテントが汚れる心配が少ないので中でも履ける。むしろこれからは中で履くことをお勧めする)。

 

 前日のラッセルがひどかったので今日も大変だろうと思って臨んでいたが、この最初の樹林帯では案外大したことはなかった。むしろトレースが無いことにより、道を見つけるのに難儀した。最初の樹林帯で1度迷うが、ここはすぐに発見できた。しかし樹林帯を一度抜けた先の岩場で間違った方向に進んでしまい、30分ほどロスする。一度樹林帯を抜けても、そこからすぐに岩場を登り始めるのではなく次のピンクテープまでは森沿いに進むのが正しい方向であるので、間違えないようにしてほしい。

 

 その後は仙水峠までガレ場を進む。仙水峠から駒津峰の方向に進むときも、ケルンのように見えた岩の斜面を来た道を戻る方向に進むと行き止まりであった。正しい方向に道を発見し、駒津峰を登っていく。ここはかなり雪深く、昨年の長壁尾根を彷彿とさせた。加えて今回はジグザグでなく直登であり、その分辛かった。50分ほど歩き一度景色が開けたところに出た。感覚的にはだいぶ登ったのでもうすぐ駒津峰だろうと思いGPSで確認すると、三分の一程度しか登っておらず、愕然とした。先頭を後輩に譲り、先へ進んだ。

 

 木の背丈が低くなってくるあたりで一度休憩を取り、駒津峰まで頑張って進む。駒津峰は標高2752mで、既に今まで3人が冬期で経験した最高地点に立っており、感慨深いものがあった。少し休憩を取り、先へ進む。駒津峰から甲斐駒ヶ岳への稜線、特にコル付近が狭くなっており、急に現れた高度感におののきつつ進んでいく。目の前には巨大な岩石の塊のような甲斐駒ヶ岳がそびえたっている。一見道が無いように見え、これをアイゼンを付けながら登れるのかと不安を感じつつ、登ることができればすごいぞという興奮を覚えた。

 

 慎重に岩場を進んでいく。雪は若干であるが付いており、滑落に細心の注意を払う必要があったが、取りついてしまえば何とか進んでいける。8合目からは摩利支天経由ではなく、直登ルートで進む(こちらの方が安全である)。一か所途中大きな岩を抱え込むようにして回り込まなければいけなく、しかも足元はつま先の爪しか付かず下は崖、という場所があり、ここは本当に怖かった。この場所だけは赤い矢印通りに進まないほうが良い(後輩は進みやすい場所を通った)。通り過ぎた後は本当に足が震えて生きた心地がせず、悪夢から目覚めた後の奇妙な安心感さえ立ち現れるほどであった。

このあたりで後ろから外国の人がものすごい速さで向かってきて、我々を追い抜いてしまった。我々の付けたラッセルを通ってきたことがうらやましくもあったが、それにしても岩場をすいすいと進んでいく。あっという間にいなくなってしまった。幻だったのだろうか。

 

 参加者の32名は1年生の頃夏合宿ですでに甲斐駒を登頂している。山頂付近に近づくにつれ、見覚えのある光景が広がってきた。2年間あっという間だったなと思うような場面であるが、個人的には遠い昔のように感じられた。また別の感情として、夏合宿で登るような場所に今立っていることが、とてもうれしかった。

 

 ついに山頂に到着した。天候は最高で、風も無い。これ以上ないベストコンディションであった。周りにはあらゆるアルプスの山脈や八ヶ岳が一望できる大パノラマである。達成感に浸りながら、3人で写真を撮った。

 

 下山は一瞬で完了した。登りは約6時間30分かかったのに対し、下りは2時間強で済んだ。やはり登りのラッセルがきついのだろう。仙水峠で天候を確認すると、翌日も晴れ予報で期待が持てた。登りに時間がかかっていたため、甲斐駒山頂では仙水小屋で一泊しようという話になっていたが、あまりにも早く下山できたため、テントを一度撤収し長衛小屋でもう一度テントを張ることにした。長衛小屋に到着すると、先ほどすれ違った外国の方がすでにテントを張っており、早いなーという感じであった。夕食はぺミカンシチュー。本当に美味しかった。達成感の余韻に浸りながら、これならもう下山してしまってもよいかなと冗談を言いつつ就寝。

 

 

3日目)

 

 朝から吹雪いており、視界が非常に悪い。しかし明るくなるまで待っていては帰ってくるのが遅くなるので、そのまま出発した。長衛小屋から2合目に向かおうとしたが視界が悪く道が全く分からないので、北沢峠までの道沿いにある登山口から入る。そこからはなだらかな登りである。630分ごろには明るくなり、幸い吹雪も止んだので気持ちを取り直して進むことができた。

 

 二合目を過ぎたあたりから本格的な直登が始まるとともに、雪が急に深くなった。しかし今回はうっすらトレースが残っており、昨日の駒津峰よりは進みやすかった。これは行けるぞと思ったが、四合目から雪が腰までの深さになり、付いていたトレースもぱったりなくなってしまった。おそらくここで撤退したのだろう。ここまでの深さをラッセルしていくのは経験したことが無く、必死になって進んだが、本当につらい。

 

五合目大滝ノ頭で電波が入ったので天気予報を確認すると、午前中までは持つが午後からは風が強くなり、吹雪く場合もあるとのことであった。空を見上げると明るいが曇っているという状態で、山頂は雲に覆われて見えなかった。小仙丈ヶ岳以降はナイフリッジであり、このような状態で視界が悪く風も強いなら、先へ進むのは考えたほうが良いねと話しつつ、先へ進んだ。ここ以降も雪が深く、特に六合目手前の斜面、たった10数メートル位しかないところを進むのが困難を極め、20分ほどかかってしまった。

 

稜線直前で昨日の外国人の方が登ってきた。ここまでトレースを付けた我々に対し、「ここまでありがとう」と感謝の言葉を述べ、颯爽と先へ進んでいく。今回もものすごいスピードで進んでいってしまった。この地点まで追いつけるのはトレースを辿ってきたからということで説明がつくが、我々を置いてどんどん先に進めるのはどういう理屈なのだろうか。実はすごい方なのではないだろうか。

 

6合目以降の稜線上は風が非常に強く、吹雪いていた。それでも小仙丈までは進もうということで、必死に歩いたが、バラクラバが凍り付いて辛い。しかし進めないほどではないのでひたすら斜面を登っていく。滑落の危険は全くなく、雪もそれほど深くないが、ふわふわしたハイマツの上に積もった雪の上を歩くというようなところで、若干歩きにくい。メンバー間の間も大幅に空いてきていたが、何とか小仙丈ケ岳に到着した。

 

ここで奇跡的に晴れ間が出てきて、ナイフリッジが目の前に姿を現した。タイミング的に我々が小仙丈に到着したくらいの事だったので、なんだか呼ばれているような気分だった。しかし写真を撮っている間に風がどんどん強くなってきた。まだ晴れ間はのぞいていたが、周りは雲に囲まれており、天気予報では午後からふぶく可能性について触れていた。感覚的にもやり切った感があったので、撤退することにきめた。

 

下山しようとすると、トレースがかき消されていた。道がわからず、一回下ってみるも正しい方向が定まらなかった。右手にそれらしき稜線があり、あれに乗れば帰れるだろうということで、一度登り返したが、どんどん吹雪が強くなってきた。若干焦りつつ、そちらの方向に進もうとしているうちにホワイトアウトしてしまった。数メートル先は見えるので立ち止まりはせず、感覚を頼りにその稜線に近づくように下っていく。一度視界が戻った段階で前を見ると稜線が近づいていたが、本当にその稜線で正しいのか、視界のあるうちにGPSで確かめると、南東方向に伸びるまったくの別の稜線であった。再びホワイトアウトする前に進むべき稜線を確かめ、セオリー通りもう一度来た道を引き返し、小仙丈付近でもう一度落ち着いて道を定め、歩きはじめる。この地点で40分ほど稜線上をさまよっており、メンバーもかなり不安であった。見定めた方向に進んでいると、あの外国の方が颯爽と降りてきた。かなりの安心感があったが、我々の進む方向にどんどん先にすすんでいってしまった。我々自身進んでいる方向自体に確証がないので必死に外国人を呼び止め、つたない英語で道に迷っていることを伝えると、「僕もこわいよ~」という返答とともに、一緒に行動することになった。GPSで方角を確認するとやはり若干ずれていたので、軌道修正し先へ進むと、ようやく正しい方向であった。ピンクテープを見つけた時の気持ちが忘れられない。

 

下山は昨日同様早いペースであった。長衛小屋に到着後、無事に戻ってこられたことを喜んだ。夕食はレトルトカレー。美味しかった。

 

 

4日目)

 

朝食は軽めに済ませひたすら下山する。初日と違い、雪が降ったこともありアイゼンは第二堤防の手前まで外すことができなかった。戸台から車道を歩いて仙流荘に向かう気力が無かったので、何とか電波を拾ってタクシーを呼んだ。戸台についた時には皆で歓声を上げて喜んだ。

 

 

(総括)

 

甲斐駒ヶ岳の登頂に成功したのは本当にうれしい。夏合宿で向かうような場所を冬期に登ることができたことは、部活としても意味あることだと感じる。仙丈ケ岳も小仙丈ケ岳で撤退ということにはなったが、今までで一番きついラッセルを進むことができ、今後ラッセルで苦しめられても何とか進むことができるという感覚を手に入れることができた。34日の宿泊も、寒かったが問題なく過ごすことができたので、今後も宿泊に関してはネックに感じる必要がなくなってきたのではないか。

 

一方で、体力・メンタルではどうしようもない部分に直面したのも今回の山行の特徴だ。特に道迷いに関しては、今回の仙丈ケ岳の経験が物語っている。ホワイトアウトしトレースが消えてしまった場合、広い稜線上では頼りになるものが全くなくなってしまう。今回は携帯アプリのGPSが活躍してくれた。しかし携帯は寒さに弱いという弱点があるため、市販のGPS機器の導入の必要性を強く感じる。コンパスを用いた地図読み、特にベアリングの再確認も必要であるし、必須だと今回の経験を通じて感じた。もし今後積雪期登山のレベルを上げるのであれば、何らかの形で技術の向上をしなければ難しいと感じる。ここで注意喚起しておきたい。

 

今学期全3回にわたる雪山登山は想像以上に密度の濃いものであったし、思い出に残るものになったと思う。雪山は無積雪期に比べラッセル等の条件が加わるので、夏季登山と比べてメンバーの存在の重要性が高い。今回も二人がいてくれたおかげで乗り越えることができたし、それ以前に計画の段階から現地での行動までチームをリードしてくれた。来年度も雪山登山は続くので、ぜひ他の部員や新入生にも参加してほしい。

 

 

 

 

 

☆メンバーの感想

 

(三年)

 

甲斐駒ヶ岳・仙丈ケ岳は私にとって思い出深い山である。一年生の初めての長期夏合宿がこの二つの山だった。それぞれ個性的な形を有した緑溢れる山。その二つの山を、痛いくらいの晴天の下、いまだ慣れない登山靴で息を切らしながら必死で登った。まだ体力がついていなかったので、登りに感じる辛さは大きかった。しかし、そんな辛さも、森林限界を超え景色が開けてからは全て吹き飛んだのを覚えている。岩と緑の世界の中で不思議な陶酔感に浸り、山の魅力に目覚めたのは、あの時であった。

 

 そして、それから早くも二年。今回は、雪の甲斐駒ヶ岳・仙丈ケ岳に登ることができた。緑が消え、岩と雪しかないモノトーンな世界では、空の青さが唯一の彩色であり、また、雪の白さにおいては影の黒さがより存在感を増す。夏と全く違う景色が存在して、僕は雪山の景色の方が好きである。今回、山の中で出会った人は、一人の外国人だけである。三泊四日ずっと、僕達三人だけであった。この人の少なさも雪山の魅力ではある。静けさがあたりを覆い、雪が降っている様を見れば、しんしんと音が聞こえてきそうなほど。また、足跡のない雪面に自らトレースを刻めるのも、何か、自らの時間が雪の上に可視化されているようで、楽しい。もちろん、そのためにラッセルという苦行を強いられたので、この点、夏にはない疲労を感じた。例年より雪が少ない今年とはいえ、人が入らず、トレースが全くないとなると膝上から腰にかけての深さまで埋まるため、今回は相当な体力を使った。

 

計画段階では色々と不安があった。山行日数、三泊四日は、雪山の経験の中では最長であるし、登る標高も雪山の経験の中では一番高い。また、稜線にいる時間も今までと比べて断然長いこともあり、未知の部分が多く、不安要素が多かったのである。

 

そのため、装備面の対策をしっかり整えた。今までは、雪山でもハードシェルを使わずに、自前のレインウェアで代替していた。今回は、稜線で長いこと風に晒されることを考え、ハードシェルをレンタルした。結果として、これは良かった。かなりの強風に煽られたので、よく役立ってくれた。レインウェアより風をしっかり防いでくれている感じがした。また、念のため、手袋もより防寒性の高いミトンタイプを追加購入し、予備の手袋もいつもより多めに持って行った。カイロも多めにもっていき、夜寝る時に靴下の中にいれて冷え切った足を温めるのに使った。おかげで夜はぐっすり眠れた。

 

こんな準備を重ねたが、休憩中の防寒着であるダウンを家に忘れてしまった。したがって、ハードシェル、中間着、インナーの三層しかなく、忘れたと気づいた時はかなりショックだった。動いていないときは寒かった。テントの設営、撤退作業はいつにも増して苦痛であった。一方で、カロリーを取っていれば、寒さは防げると思い、いつもより意識的にカロリーを摂取したりもして、工夫を凝らした。

 

この山行で一番の経験は何かといえば、小仙丈ケ岳からテント場へ引き返そうとした時に体験したホワイトアウトである。濃い霧で周りの景色が分からない上、風でトレースも消えていて、どこが道なのか分からない。強い風が吹き付け、積もっていた雪が宙を舞っていた。おおまかに正しいと思われる方向に向けて進んでいったのだが、途中でこんなところは通ってこなかったと皆が感じる。GPSを開いてみると、道から大きく逸れたところに現在地が表示された。引き返せばもとの正しい道が見つかるだろうと考え、ラッセルで疲れ切った足を引きずりながら、せっかく下ったところをまた登り返した。確実に道だと分かるところまで引き返し、そこから再度方向を見定める。そして、その方向に進むが、また途中でその方向が違うことに気付く。この時初めて、今まで感じたことのない恐怖と焦りを感じた。メンバー全員、体力にそんな余裕があるわけではなかったし、スマホのGPSを使っていたのでこの寒さでは電源がいつ落ちるとも分からない。早く道を見つけなければ。雪山の怖さを痛感させられた瞬間であった。

 

最終的に道に帰れたのだが、本当にあの時はほっとした。もうこんな体験はしたくないものである。

雪山で気を付けなければならないのは、スマホが寒さに弱いということである。iPhoneのスマホはAndroidに比べて弱い。今回、メンバーのスマホの中ではAndroidは電池の減りこそ速かったものの、電源が切れるということはなかった。iPhoneは電源が切れて使えなくなる場面が多々見られた。雪山においては、寒さに強いGPSなどが別に必要なのかもしれない。そう感じた。

 

 今回の山行は、今までと比べても、圧倒的に内容の濃い山行であった。今回のために、三人で訓練合宿を行い、準備してきた。色々ハプニングなどが多かったが、それぞれが、補い合うことで、無事に今期の合宿を終えることができたと思う。一人ではなく皆で登ることの意義を感じた。

 

(二年)

 

今回の山行は、冬山では最長となる34日だった。自分は昨年から冬山を始めて、1泊の山行しか行ったことがなかったので、いきなりの3泊であり、やや不安だった。伊那市での前泊を含めると、4泊になったが、その長さを忘れるほどに濃い登山となった。前半の甲斐駒ヶ岳は登り始めの前半こそ時間がかかったが、下りは効率よく下ることができたので、最終的には時間オーバーすることなくテント場に戻ってこられた。それよりも今回の山行の経験で重要だったのは、自分たちのペースと計画のバランスである。初日も甲斐駒ヶ岳のために北沢峠から仙水峠よりの仙水小屋でテントをはるという計画を立てた。当初は長衛小屋でもいいのではないか、と考えていたが、次の日のことを考えて体力を消費しながら仙水小屋まで向かった。2日目は甲斐駒ヶ岳から下ったうえで、仙水峠に張っていたテントを撤収して長衛小屋まで下り、そこで再びテントを設営し、夜を過ごした。どちらも体力的には少し負担がかかったものの、計画全体を鑑みると重要な行程だったといえる。特に後者の方は甲斐駒ヶ岳から降りる時間に合わせて、臨機応変に対応できるような計画を立てていたことが功を奏したように思える。こうした計画上の工夫は冬山に限らず、他の季節でも応用できるものなので、今後の山行にいかしていきたい。また今回の3泊のテント生活は寒くてつらかったが、特に問題なく過ごすことができ、今後の自信につながった。仙丈ケ岳に登頂できなかったのは悔しかった。しかし冬山で連泊できたのは他の山行では経験することはできないものなので、2年生のうちに意義深い山行を行うことができてうれしかった。そして今回の山行で片時も離れることなく先輩2人には感謝してもしきれないほどお世話になった。自分は3人のうちで落ちこぼれであったが、先輩2人のサポートと協力で何とか生きて帰ることができた。改めて2人には感謝したい。

 

 

 

(戸台にて。中央に見えるのが翌日登る甲斐駒ヶ岳。1/24 7:09 撮影者:松橋)

 

(甲斐駒ヶ岳から仙丈ケ岳を望む。1/25 12:08 撮影者:吉田)

 

(小仙丈ケ岳から仙丈ヶ岳方面の稜線を見る。1/26 10:36 撮影者:吉田)

 

(仙丈ケ岳四合目以降ラッセル。1/26 7:54 撮影者吉田)