北岳 記念山行(22/10/01-02)


〇メンバー

佐々木(CL、M2)、淺香(SL、経2)、関(法2)、重岡(社2)、田村(社1)、亀井(経1)、清水(社1)、谷津(OB)

 

〇天気

10/1 晴れ

10/2 晴れ

 

〇コースタイム

10/2:広河原09:00—11:00白根御池小屋11:10—13:30肩の小屋14:30—15:00北岳山頂15:30—16:00肩の小屋

10/2:肩の小屋04:50—05:30北岳山頂05:40—06:00肩の小屋06:30—07:50白根御池小屋08:00—09:30広河原

 

〇行動と感想 その1

部室に前泊の後、国立始発の中央線に揺られること2時間、鈍行で甲府に降り立つ。OBの谷津さんと合流し、バスに揺られることまた2時間、着いたは南アルプス北部の登山基地、広河原。各自水の補給や装備の準備を整え、9時に広河原を出る。学生本隊は全部で8名いたため、テント割りを基準に、隊を2つに分けることに。先発は佐々木、関、清水、谷津さんの4名、後発は浅香、亀井、田村、重岡の4名となった。

 

   先発隊は、佐々木の先導のもと、コースタイムの0.8倍以上のスピードで朝から爆歩。後発隊の姿はすっかり見えなくなってしまった。天気に恵まれていたため体感温度も高く、序盤のうちに皆半袖に。白根御池小屋でOBの佐藤さんに遭遇。後発隊が遅れている旨を伝えた上で11時過ぎに御池を出る。

 

   草スベリの名に恥じることの無い急登が待ち構えていた。正直ここはあまり記憶もないので書くことも少ない。が、途中で前神さん以下、スーパーシニア隊とすれ違った。

 

   一歩一歩登ること2時間ほどで小太郎分岐に出る。ここからは尾根歩きだから、という言葉に希望を見出しながら前を見ると、断崖にも見えるような急登が。希望は必ず打ち砕かれるということを僕は登山で嫌という程経験している。しかし、それでも人は希望を抱き続け、それを捨てることをしない。なぜか。そうでもしないとやってられないからである。閑話休題。登ってみると案外大したことのなかった急登を超え、13:30北岳肩の小屋に到着した。

 

   予想通りテントが多く、場所を見つけるのにやや苦労したが、小屋から少し遠めの場所を確保。テントを張り、今後の予定を立てる。当初は日没を見に山頂に行く予定だったが、夕食との兼ね合いから今すぐ登ろうということになった。なんて話をしていたら、浅香が単身、サブザックにTシャツ姿で現れた。どうしたのかと思ったら、なんと亀井の体調不良により、後発隊は白根御池小屋で停滞しているとの事。それをわざわざ1人で伝えに来たのだ。緊張が走ったが、御池には佐藤周一さんがいたことを思い出し、まぁ大丈夫だろうという事で合点した。この時、佐藤さんとの合流を浅香に確認しなかった事がやや悔やまれる。水と行動食を補給してまた御池に戻る浅香を見送り、我々は山頂へ。サブザックとはいえ、4時間以上の行動によって痛めつけられた体にムチを打ちながら30分ほどで山頂に到着。僕個人としては3度目の山頂だが、残念ながら雲の中で、ろくな眺望は望めなかった。山頂でタイミング良く、奈良田から白根三山を縦走してきた、半澤以下別働隊と合流。電波のいい山頂にいた彼らは、後発隊の停滞を事前に知っていたため、情報交換をして肩の小屋へ向かった。しばらくのち、我々も明日のご来光に希望を託し、肩の小屋へ戻った。

 

   学生本隊のコッヘルは後発隊もろとも白根御池に停滞していたため、別働隊のコッヘルを1つ借り、ラーメンを作る。別働隊が前日作ったプルコギの残りカスから良い出汁が出たのか、美味しく出来た。寒風吹きすさぶ中、30秒前まで熱湯だったはずの紅茶を飲みつつ、夕日を眺める。夕日の手前に雲があると、夕日の光によって雲が明るいオレンジで縁どりされることがある。それを英語でなんとかと言い、そのまばゆい線は、行く手を阻む雲の後ろに美しい夕日があることを示しているんだ…という谷津さんのありがたいお話を聞き、いい気分になったところで就寝。夜にトイレに起きると、満天の星空が待ち受けていた。あまりの美しさに、トイレに行くことをしばらく忘れていたほど。9月に北海道に行った際、なかなか綺麗な星空を見たが、それを優に上回る美しさだった。天の川もくっきりと確認でき、明度の異なる無数の星が空を埋めつくしていた。どの星が何で、あそこが何座で、という天文の知識が全くないことが悔やまれたが、とにかく圧倒的な星の量に心を打たれたことに満足してテントに戻ることにした。

 

   翌朝、ご来光を見に山頂へ。既に多くの人が出発しており、稜線上を山頂へ向かうルートが登山者のヘッドランプでライトアップされていた。佐々木はヘッドランプを忘れたためテントで待機、谷津さん、清水、関の3名で向かう。清水に暗闇の中リードを任せて向かったが、無事日が出る前に山頂に到着した。雲は空に残っていたが、むしろそれが日の出を引き立てるように彩やかに染まっていた。地平線上に雲が位置していたため、放射線状の光線に先行されて、日の出時刻から少し遅れて太陽が登場。頭を出した瞬間、数名から拍手が上がる。太陽自身、またそのオレンジに染められた雲の美しさもさることながら、それらの間を埋める青空の鮮やかさといったら、家電量販店で展示されている4Kテレビでも表現できないほどの鮮烈な青であった。そんな感じで、ご来光の美しさを堪能した我々は、また肩の小屋に戻る。しかし、美しい景色はここで終わらない。なんと西の方角に、富士山の影が映っていたのだ。ぼんやりともやがかかっていたために、底に映ったものだと思われる。穂高槍連峰を背景にしながら、中空に現れた富士山もまた神秘的であった。

 

   ここからは、例によって佐々木の先導のもと、爆速、休憩無しの下山をしたため、あまり書くことがない。そんなこんなで、10/2の9:30、広河原へ下山。後発隊の下山を待って、12時に広河原を後にした。

 

 

〇行動と感想 その2

10月1、2日の二日間にかけて、一橋大学山岳部の創部100周年を記念して、学生やOBの皆さんによる、北岳山行が行われた。本邦2位の高さを誇る北岳は本部活のOBが北岳バットレスの登頂ルートを開拓するなど、ゆかりが深い山。参加した皆さんは、「100年に1度」(OB)かと思うほどの秋晴れの空のもと、山歩きを楽しんだ。

 

 1日目、我々は広河原で2班に分かれ、班ごとに登山を開始した。美しい南アルプスの渓流にかかった橋をわたり、入山してしばらくは長い樹林帯を行く。急な斜面も多かったが、うっそうとした針葉樹の森が日差しを遮ってくれたおかげで、暑さに体力が奪われることはなかった。樹林帯を抜けると、白根御池小屋につく。小屋は最近建て替えられたらしく、山小屋らしからぬ清潔感があった。天候に恵まれた週末とあって、登山客もおおかった。白根御池から先は、草崩れという急坂が続く。ここが大変な難所であった。経験豊富な先輩方も先の見えない登りに、疲れた様子を見せていた。それでも、南アルプスの雄大な景色に励まされながら、休み休み登っていくと、三時前には肩ノ小屋に到着できた。まだ、日没まで時間があったので、山頂までいくことにした。山頂には別動隊のメンバーがすでに到着していた。写真撮影をしたり、雄大な日本アルプスの山々を眺めたりした後、キャンプ場に戻った。テントの用意をしていると、伝令が来て、もう一つの班で仲間の一人が高山病の症状を訴えたため、大事をとって白根御池で一泊するという知らせを伝えた。無事を祈りつつ、その日は就寝した。

 

 2日目、まだ暗い時間に起きて、山頂を目指した。ヘッドライトをつけて歩いたが、岩が多い山頂までの道は時折迷いそうになった。 山頂につくと、ちょうどご来光を見ることができた。雲海の中から、紅い太陽が昇り、あたりを照らしだしていく様子は感動的だった。富士山も、その端麗な山容を表し、朝日に映えていた。ご来光を拝めた我々は、キャンプ場に引き返し、撤収と下山の用意を行った。テントについた水滴が凍っていた。下山はほとんど数回の休憩をはさみながら、一気に下りた。広河原山荘では、先に到着していたOBに名物のカツカレーをごちそうになった。疲れた学生にとって最高のごほうびだった。その後、芦安山岳館に移動し、針葉樹会文庫の見学をさせていただいたり、貴重な映像資料を拝見したりした。山岳部の歴史を知る良い機会になったと同時に、普段我々が山に登れるのも芦安山岳館の方など整備に尽力してくださっている方々のおかげだということを実感できた。

 

 さて、今回の山行は快晴に恵まれ比較的安全で快適に終えることができた。体調を崩した仲間もいたが、大事に至る前に我慢せず下山する決断ができたことは良かった。なにより安全を最優先するという大原則の大切さを、今回皆で再認識した。谷津さんをはじめ、OBの皆さんには様々なご助言をいただいた。いくつもの山で経験を積んできた皆さんのご教示はどれもためになり、これからも忘れずにいたい。また、ホワイトセールでの事故の詳細を聞くこともできた。一橋大学山岳部は今年創部100年を迎えた。安全、命を最優先に、歴史を受け継ぐべく、部を発展させていこうと誓った山行であった。

 

 最後に、今回の記念山行では多くのOBの皆さまにご協力いただきました。厚く御礼申し上げます。

テント場の賑わい(10/1 17:44 撮影者:佐々木)

北岳の朝日(10/2 05:40 撮影者:佐々木)